2009/11/07

とみやの火事に思う


ちょうど1週間前の先週の土曜、天満で火事がありました。

10/31の夕方4時ごろ、JR天満駅からすぐ西、商店街から扇町通りに抜ける、JRのガード下の路地にある焼肉屋さん「とみや 別館」で、ロースターが過熱して出火したとのことでした。
結構な火が出たみたいで、一時は商店街にも煙が充満したんですが、幸いにして怪我人も死者もなし。JRは1時間ほど、運転を見合わせました。

消防車のサイレンが激しくなっていて、ちょうど近くにいたので、サイレンのする方角に向かっていく途中、焼肉屋が火事みたいやで~、との声がそこかしこから聞こえてきて、方角的にも僕のお気に入りの焼肉屋さんの方角だったので、まさか!と思って、駈けていったら、僕のお気に入りの焼肉屋さんじゃなくて、とみやだったのでした。

煙も臭いも火事のそれらしい異常さだったけれども、僕が見にいったときには、消火も無事に終わっていて、なんとなくいち段落していたところでしたね。

大阪市の北区をグルグル巡るブログなんてものをやってるんだから、ここは一発火災現場をパチリと撮影して、いち早くブログにアップ!なんてこともできたのだけれども、もちろん、そんなことはしません。

不幸ネタを得意げに語るのは好きではないし、人が生きるの死ぬのの場面でジャーナリストでもない僕がカメラを向けるのは、不謹慎すぎます。

でも、夜のニュース、翌朝の新聞を見ると…、放映された映像や掲載された写真のほとんどは、視聴者提供、読者提供のクレジットが入ってましたな。
モロに火が上がってるものもありましたわ。
デジカメが普及し、携帯電話にカメラがついて、誰もがシャッターチャンスを逃さなくなった今、メディアですら叶わない決定的な瞬間を切り取った写真は、容易に手に入るようになりました。

でもなあ、人が生きるの死ぬのとやってる最中にカメラを向ける神経って、僕にはわかりませんわ。さらには、なにが目的なのかも知らないけれども、それをメディアに売っぱらってる人たちの神経にも、僕は軽蔑します。

かつて、作家の開高健が従軍記者のパスをもらってベトナム戦争を取材しにいった折り、ベトコンによる公開処刑が行われた現場に遭遇した彼は、縄で巻かれた人が広場の真んなかに引きずり出され、脳天に銃口をあてられて、こともなげに撃鉄が落ち、頭から血飛沫が飛び散って膝からガクッと折れて、事切れた光景を、激しい不条理を感じながらも、かつがつ、カメラのシャッターを切ったのでした。
臨時の記者でしかなかった開高は、その後、死ぬまでずっと、その光景を反芻し、ことあるごとに文章にしてきました。大きな大きなブルーズを抱えながら、不条理や矛盾や徒労を抱えながら、彼は、その場でシャッターを切った自分を、問い続けたのでした。

人が生きるの死ぬのとやっている現場に遭遇した人には、なにができるわけではないということも含めて、やるべきこととやってはいけないことがあると、僕は思います。
少なくとも、気軽に、カメラを向けていいはずは、ありません。それを職業としない、ある覚悟を背負っていないのなら、なおさらです。

火事から1週間後、路地に行ってみました。普段、この路地の周辺はなんぼでも通ってるのに、ここの路地そのものを通ることって、僕は滅多にありません。狭いからね。
1週間経ったけれども、まだ焦げた臭いがかすかにして、焼け焦げもあちこちにあって、火事があったことを感じさせます。

とみやさんの店舗はもちろん閉まっていて、お詫びの張り紙が出されていました。ガラスドア越しに見える店内には、お店の人が片付けをされてました。

ここは、天満でも有名な焼肉街で、細い路地に、「とみや」と「ことぶき」の2件の焼肉屋さんが向かい合っていて、しかも、どっちも熾烈な客引きをやってることで有名です。

客引き合戦が熾烈なので、両店は仲が悪いと見られるんですが、じつはそうではなくて、この両店の女将さん同士は、とーっても仲よし。一緒に温泉旅行に行くような間柄です。そうやって、よきライバルとして競い合ってきた両店です。励ましあっても、きたはずです。

きっと今、ことぶきの女将さんがとみやの女将さんを励ましているんだと思います。

とみやが再開したとき、長いことやってきたお店だから贔屓の人たちがたくさん励ましに訪れるんだろうけれども、そういう波がいち段落したあとで、気が向いたら行ってみようと思ってます。



焼肉 とみや別館
大阪市北区天神橋4丁目9-9
tel. 0120-266-129

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