2010/02/15

第8回北天満サイエンスカフェは、初の遠征!適塾を見学してきました☆











またまた北天満サイエンスカフェ! 昨年秋からはじまったサイエンスカフェも、今回で8回目です。




土曜日の2/13に行ってきました。今回は、天五中崎通り商店街を飛び出て、北浜にある適塾を見学する「大坂歴史ツアー 緒方洪庵と適塾」です。「大阪」じゃくて「大坂」ってところに歴史の香りを感じさせますね。

サイエンスじゃないやん!と怒ることなかれ。サイエンスカフェは、自然科学だけに収まらず、さまざまな分野にひろがっていきます。でも、緒方洪庵といえば幕末の西洋医学の大家、適塾は大阪大学医学部のルーツですから、サイエンスといえばサイエンスの範疇に入るテーマでもありますな。

なんにせよ、歴史的な側面がテーマに入ってきてくれたことで、やーっと、文系頭の僕にもとっつきやすいものになってくれました(笑)


というわけで、今回の会場は北浜の適塾なんだけれども、集合場所はおなじみ、天五中崎通り商店街の黒崎公園前。そっから地下鉄に乗って全員で行きます。
僕、なんかしらんですが、道中、「北天満サイエンスカフェ」のノボリを持たされてました。農協さんご一行さまのフランス旅行みたい(笑)お年寄りの方もたくさん参加されているので、ゆっくり目に歩きます。車にも注意。なんのこっちゃい!(笑)




海を越え丘を越え…、もとい、天六駅から地下鉄に乗って3駅先の北浜駅下車、そっから徒歩5分、適塾到着です。
残念ながら、北区からちょっとだけ外れちゃうんだけれども、北天満サイエンスカフェそのものは北区にある天五中崎通り商店街で行なわれているものなので、今回もエントリー☆




今回、適塾をご案内してくださるのは、大阪大学大学院文学研究科の村田路人先生です。適塾は現在、大阪大学が維持管理しているので、うってつけの先生ですな。




さて、適塾ですが、もともとは今の瓦町、本町のちょい北側あたりですが、そこにあったらしいです。でもそこが手狭になって、過書町、これは今の北浜ですが、そこにあった商家の家を買い取って、移転した、と。それが今も現存しています。周囲のほとんどは第2次大戦の大阪大空襲で焼けちゃったんだけれども、この、適塾だけは奇跡的に戦火を免れ、おかげで今、江戸時代の商家の面影を残す数少ない建築物として、建物そのものにも価値が見いだされていて、重文指定されてます。

適塾という名前は、緒方洪庵の号である「適々斎」が由来となってます。






ちなみに、適塾のすぐ隣にあるのは、大阪市立の愛珠幼稚園。1901年に竣工した木造平屋建建築の園舎は、100年以上使用されている現役の園舎で、現存する幼稚園園舎としては日本最古。第2次大戦時に取り壊しが計画されていたものの空襲のために取り壊し作業の時機を逸し、かつ空襲も免れ、そのまま現在も使われている園舎ですわ。




えーっと、こちらの幼稚園は個人的にものすごく興味があるんですが、今回の目的は適塾なのでした。

緒方洪庵が自宅に私塾の蘭学塾・適塾を開いたのが1838年(天保9年)。
そこで蘭学と西洋医学を教えるわけですが、塾生が増えるにつれ、それまでの場所が手狭となり、今の中央区北浜、当時、過書町と呼ばれた場所の商家を買い取って移転したのが、1845年(弘化2年)。以後、閉鎖される1868年(明治元年)まで、適塾はこの地で営まれ、総勢3000人がこの塾で学び、幕末から明治にかけて活躍する人材を多数輩出します。その筆頭格は、ご存知、福沢諭吉。

で、この適塾ですが、商家から買い取っただけあって、モロに町屋風の建物で、奥行きがすんごく深くて、途中、中庭もあります。間口が11.9mなのに対して、奥行きは38.9mもありますからね。敷地面積約140坪、木造2階建てで、かーなり広いです。
なので結構な商家から結構な額で買い取った物件らしいのですが、それでないと、当時の塾生たちを収容できなかったくらいに、賑わったということですな。通いの塾生もいたけれども、青森と沖縄を除く全国から入塾してきたというし、半数以上は医者の息子だといいますから、蘭学というか西洋医学は、需要が高まっていたんでしょうな。

適塾の模型が展示されてました。奥行きがめっちゃあることが、わかります。




塾が運営されていた25年間のあいだに、この塾で学んだ入門生は約3000人。入門生の名前を記した姓名録も、ちゃーんと残ってました。塾頭、塾監を筆頭に、第1号~第9号まで数人ずつのグループ分けというかランク分けが行なわれており、3ヶ月毎に入れ替えが行なわれるという、競争意識を煽るようなシステムが採用されていたんだそうです。そうやって、切磋琢磨したんでしょうな。

村田先生所蔵の貴重な資料も見せていただいたのですが、それには、第1号、第2号のランクは該当者なしとなっていて、グループ分けは上から順に相対的に分けていたのではなく、ある基準をクリアせねばならないといったような絶対的なランク分けが行なわれていたことがわかりました。

相撲部屋じゃないけれども、ここに寄宿する塾生の生活スペースは成績によって厳格に区別されており、部屋が分けられているだけでなく、下っ端の大部屋でも、成績のいい人から順に居心地のいいスペースを確保していたようですわ。もっとも、生活スペースは、ひとりあたり畳1畳ですが。。。

これ、大部屋です。





いろいろと興味深いものがたくさん展示されていて、
薬を調合する乳鉢や薬匙なんかもありました。





おもしろいのは、町医者をランキングした番付表ですわ。当時、なんでもかんでもランキングするのが流行ったそうなのですが、医者の番付とは! 今、ネットでもその手のものがありますが、江戸時代末期、すでにあったんですなあ。緒方洪庵も、最高位の大関にランキングされてました。ちなみにこれ、医者が行司役になって決めるんですと。





見応えがあったのは、ヅーフ部屋と呼ばれる2階の屋根裏部屋です。
適塾の授業の中心は蘭書の会読だったのですが、この予習のために塾生が使用した辞書が、長崎の出島のオランダ商館長のヅーフが蘭仏辞書を元に作成した蘭和辞書で、これをヅーフ辞書と呼びます。
で、このヅーフ辞書は適塾に1冊しかなく、この辞書が置いてあった部屋が、ヅーフ部屋。部屋からの持ち出しは厳禁で、塾生たちは、昼も夜もこの部屋にやってきては、ヅーフ辞書を奪い合うようにして勉強していたといいます。
現在は、その辞書を写書したものが展示されてました。きっと、たくさんの塾生が、この辞書を書き写したんだと思います。モノを覚えたり理解したり身体に染み込ませたりする方法として、僕も本を丸々一冊書き写すことはあるけれども、辞書を書き写すとは! さすが、適塾の学生ですな。





適塾の学生は、福沢諭吉によると、それはそれは激しく勉強したそうです。このうえないほど、勉強したんだとか。
外圧が激しい幕末の時代にあって、この国はどうなっていくんだろうという不安や危機意識があって、そこへ、国外からの進歩的な知識が津波のように押し寄せてきます。
知識欲は、ひとつのことを知るあいだに三つも四つも知りたい欲求が増すような塩梅で、こと、モノを知り理解するということについては、僕らの今の時代よりも、忙しかったのではなかろうか、と、思います。
僕らが、インターネットいう世界規模のアーカイブへの入口を手に入れたときに感じたワクワク感と、蘭学を通して世界の森羅万象を覗きみた彼らのワクワク感って、きっと、似ていると思うんですよ。
情報の洪水が押し寄せるなか、情報を腑分けする必要性は今もヤマと説かれるけれども、この時代の適塾で学んだ塾生たちこそ、そういう世界に身を置いていたのだと思いますわ。

ということが、なんとなく感じられる場所でした。
ただね、ここは現在も防火の観点からエアコンが設置されていなくてですな、室内の気温は往時のままなのですよ。で、この時期、むちゃくちゃ寒い! よくもまあ、こんなところで勉強しましたな!という寒さで。やっぱ、むかしの人はエラいわ。

というわけで、展示物も建物も興味深かったんですが、今回、村田先生が持ってこられた秘蔵の資料を拝見させていただくことができまして、ま、ここでその写真をアップすることはできんのですが、たとえば種痘を許可する資格証みたいなものが発行されていたそうです。今でいうところの、医師免許みたいなもん。
というのも、ニセ医者が種痘を行なってひと儲けする危惧もあったらしいのですよ。そうした不正を防止するために、種痘してよろしい!と書かれた許可証のようなものが発行されていて、その現物を見せていただきました。





その他、日記というか、患者の病状を記したカルテのようなものや、地方の医者が治療法を尋ねる手紙を出し、それに詳しく答えて返答した手紙など…。
途中、緒方洪庵は将軍家の人たちの専属医である奥医師にもなるのですが、そんときの勤務ぶりを細かく記した日記のようなものもありました。

使用するツールは違えども、むかしから似たようなシステムが確立されていたのだな、と、わかった次第。

そうした資料は、もちろん緒方洪庵直筆のものなのですが、筆遣いをみていると、優しい字を書くんですね、洪庵は。彼は、一方で和歌をたしなんでいたそうなのですが、そうしたものの影響が筆遣いから見てとれるのかな、と、皆で口々に言いあっていました。



というわけで、個人的にはなかなか実のある、今回の北天満サイエンスカフェなのでした。

あ、適塾には中庭がありまして、その中庭に面した縁側に寝っ転がりながら、日長一日、庭を眺めていたら気持ちいいだろうな、と、京都のお寺さん巡りでそればっかりしている僕には、大阪のオアシスを見つけたような気分にもなって、収穫多し☆


次回、第9回北天満サイエンスカフェは、2月27日(土)14:00~16:00。
天五中崎通り商店街の「HeArt美容室」さんの2階で開催されます。
お題は、「こどもは食べたように育つ」。大阪千代田短大の山崎万里先生がお話してくれます。玄米ゴハンと忍者ふりかけの試食アリ。忍者ふりかけってなに?(笑)






北天満サイエンスカフェ
天五中崎通り商店街
大阪市北区黒崎町
HP http://kitatenma-cafe.com


適塾
大阪市中央区北浜3-3-8
開館 / 10:00~16:00
月祝、年末年始休み
入館 / 250円(一般)
http://www.osaka-u.ac.jp/ja/guide/about/tekijuku

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