2010/04/17

本庄西の楠のご神木を見ながら、神域やら妖精やらミイサン伝説やらについて考える



沖縄に行くと、御嶽(utaki)という不思議な空間があります。
沖縄に行ったとき、いくつかの場所で、御嶽を見てきました。
そこは要するに、霊力の滞留する場所で、遥拝所で、聖域です。精霊が宿ると信じられていて、厚い信仰の対象となっていると同時に、民衆のアジール(避難場所)でもあるわけです。

原始宗教のかたちで残っているものなので、祠などない場合が多く、いわれなければ、一見、そこが御嶽だとはわからん場合も多いです。というか、ほとんどの御嶽はそうではなかろうか。

でも、知らずとも、そこに立ってみると、得体のしれんパワーがそこに充満しているような、不思議な気分になります。

断っておくけれども、僕は霊的なものとはまったく無縁で、幽霊を見たこともなければ、霊感も皆無です。きわめて現世の世俗にまみれて生きてます。
生きてるけれども、ある種の場所に立つと、不思議な気分になるというか、得体の知れんもんに包まれているような感覚に襲われるとか、寒気がするような怖い気分になるときは、あります。
京都の鞍馬にある貴船神社の奥宮に行ったときは、そこはUFOの発着場に違いない!と、断定的に思ったこともあります(笑)

えーっと、繰り返すけれども、霊感とか、他人に見えんもんが自分にだけ見えるとか、そーゆーのは、これっぽっちもないですから(笑)

で、矛盾するかもしれないけれども、妖精のようなものの存在は信じてます。
特に、沖縄のように、豊かな自然が残っている場所には、妖精がまだ生き残っていると信じてます。沖縄には、キジムナーといういたずらっ子のような妖精がいますな。

アイルランドも妖精の宝庫ですが、でも、アイルランドは中世、樹木を伐り尽くしてからは、妖精がいなくなったといいます。
妖精というのは、豊かすぎて底が知れん自然のなかでのみ存在するので、自然がなくなると、妖精もどっかに行ってしまう。
現実的な、つまらない話をすると、妖精というのは、人間が自然に対して抱く畏怖の念が生み出す、人間と自然のあいだをつなぐ物語、ということになります。
そう言ってしまうとつまらないので、妖精は妖精のままでいいんですけどね。

えーっと、なんの話を書くんやったっけ?(笑)


淀川ベリをチャリで走らせていると、豊崎一之橋の少し西あたりに、ものすごく立派でものすごく風格のある大木がありまして、近づいてみると、楠。

注連縄が張り巡らせてあるんで、ご神木ですね。
でも、ご神木の近くには案内板もなく、帰ってから文献を引っくり返しても、このご神木のことは見つからずで、しばらくお蔵に入れてました。

ところが最近、ひょんなことから、ある人に、この本庄西の楠のご神木のことを教えてもらいました。本庄の近くの長柄のご老人から。

なんでも、この楠のご神木は、このあたりの庄屋さんの屋敷内で、ご神木としてずーっと祀られてきたんやそうです。
ところが、明治の終わりの新淀川(現在の淀川)が開削されます。
この新淀川の開削にあたり、旧中津川の一部を利用して、毛馬から此花の伝法まで一直線の放水路が造られたんだけれども、土砂の運搬やら工業用水の供給やらの問題があって、このご神木のある本庄に、新淀川に沿って長柄運河が開削されたんです。
ただ、運河の開削ルートにこの楠があって、さすがにご神木を根こそぎ、というわけにはいかなくて、ご神木を避けるかたちで、ここだけ川幅を狭めたんやそうです。そのせいで船の渋滞が起こってケンカがいくつも勃発したとか、おもろい話もあるんですが、とにもかくにも、運河ができようが、ご神木は残った、と。

神山町の交差点近くにある白龍大神の楠のご神木もそうですが、道路をつくる際、ご神木を伐り倒すことはせずに、わざわざ残しとく例はいくらでもあります。ありますが、運河にまでそれをあてはめるのって、なかなかすごいことやと思いますわ。

ご神木には白ヘビが棲みついていて、伐ろうとするとたたりが降り掛かるというミイサン(巳さん)伝説がつきもんですが、この、本庄の楠のご神木にも、ミイサン伝説があるんですかね。そこまではわからんのですが。

さて、その長柄運河も1967年(昭和42年)にはその役目を終えて、埋め立てられてます。
なので、楠のご神木は、ずーっと変わらずにそこにあるわけですが、周辺は、ずいぶんと景色が変わったことになります。

変わっては、イカンのですね。変わってはイカンので、注連縄が、張り巡らされているんですよ、きっと。
注連縄は、囲われた内側を神域とし、俗世との結界なので、神聖ニシテ冒スベカラズ、の場です。

なんでそうしたのか。そう感じざるを得ない磁場を、土地の人が感じたからでしょうね。
僕のような俗世の有象無象にまみれまくって生きてる人間ですら、ある種の磁場や妖精の存在を感じることがあります。このあたりの自然がもっと豊かやったころ、土地の人々は、そうしたものを、今以上に感じていたんだと思うのですよ。

案内板などなくても、この楠のそばを通ると、タダモンではない樹やということは、誰でも感じることができると思います。それくらいのパワーは、放ってますわ。だからこそ、ご神木にもなったんでしょうね。なんせ、樹齢700年とか800年とかの楠です。


本庄西の楠のご神木
大阪市北区本庄西3-5-12

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