2010/04/22

蓮興寺の桜は、境内からよりも外から眺めるほうがはるかに美しい気前のいい桜

何年かまえ、今の時期に東京に仕事で行った折りに、渋谷のど真ん中にあるのにもかかわらず、あまり人には知られていない名桜に案内してもらったことがあります。

マンションの一廊を空に覆う、樹齢100年の、枝垂れ桜の巨桜でした。

その桜は、大正時代、当時の実業家の邸宅の庭に植えられた2本の桜のうちのひとつで、戦後の経済変動で所有者が変わって、とある料亭となりました。

その料亭も昭和のバブル期の終焉とともになくなり、料亭の跡地にはマンションが建てられることとなり、その折、桜を伐ることを惜しんで移植を試みたのだけれども、根付かず、1本は枯れました。残る1本のために建設者は設計を変更し、マンションを完成させたのでした。桜を巡る佳話ですな。

この桜を見せてもらったとき、高層建築を飾る巨桜という桜景観の珍しさもさることながら、桜は花の名所だけで見るものではないのだな、庭苑に植えられた1本の名品を春ごとに愛でるのもいいもんだな、と思ったのでした。





さて、天神橋筋商店街のすぐ西を走る道路沿い、JRのガードと阪神高速のガードを少し南に下ったところに、蓮興寺というお寺さんがあって、そこの敷地から塀を乗り越えて、道に覆いかぶさるようにして咲く桜があります。




毎年、これを見るのが楽しみでね。
ソメイヨシノじゃなくて、造幣局にあるような山桜なので、通り抜けと同時期に咲いて、造幣局の通り抜けの期間よりもはるかに長く楽しめる桜です。

塀のなか、つまりお寺さんの境内のなかに入って、そっちから見せてもらったこともあるんですが、境内から見るよりも、境内の外から眺めるほうが、はるかに景色がよろしいという、なかなか気前のいい桜です。




この時期、このまえの道をチャリを走らせていると、浮き浮きしてきます。
ここにイスとテーブルを並べて、宴会をしたいくらいで(笑)


僕の大好きな民俗学者である折口信夫は、日本の古代人の心性には、美こそ至高の善という認識が潜在していて、その究極の美を桜に見たと思える、と書いています。
彼はまた、聖なる桜を家に植樹するということは、異なるものの侵入を拒む結界であった、とも書いています。

なので、この至高なる美はすべての醜を払うのだから、桜の聖性はそこから生じたのでしょうな。

庭に咲く桜に、僕たちの祖先は、清明美の世界を見たわけです。
9世紀の末、桓武帝の山背国遷都によって、平城京から平安京に住み移った宮廷人たちは、故郷の花である桜を、新都に移し植えます。彼らは、新都の邸宅ばかりでなく、分詞した氏神の杜、氏寺にも故郷の花を移植しました。桜は、長く住み慣れた大和への望郷の花でした。

治世は桓武、平城、嵯峨と受け継がれ、9世紀初頭の嵯峨帝の時代、唐から文化を吸収したのちに訪れた日本古来からの固有の文化を見つめ直そうとするトレンドに乗って、京都の神泉苑で初めての花宴が催されます。
が、しかし、これも、ルーツを遡れば、天平の時代、東大寺の桜会に辿り着きます。

この時代の桜は、もちろんソメイヨシノではなく、山桜です。
蓮興寺の桜も、そう。
塀際に埋められて結界、ということです。










蓮興寺の山桜
大阪市北区末広町1-35

0 件のコメント:

コメントを投稿